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石像をたたいて次の部屋へ 1

 

呪いは魔法ではないため、やまびこの盾で防ぐことはできない。だが、呪いよけの盾があれば呪われることはない。また、おはらいの巻物を持っていれば、呪われても気にせず戦うことができる。攻撃力、防御力、HPのどれをとっても高くもなく、呪いさえなければごくごく普通に戦えるモンスターだ。

風来のシレン2公式ガイドブック 132p

 

 

 定時に仕事が終わり、駅のスーパーマーケットで野菜を手にして、明日からの献立を考えていると、友人から映画の誘いの電話があった。奇しくも昨夜、一人で見たタイトルだったので、夕食だけどうかとの話になり、馴染みの洋食屋で待ち合わせをすることにした。

オムライスを二つ注文すると、予想していた通り、友人はなにやら深刻に口を開き始めた。

 友人は大学在学時にこれといったものを決められなかったと卒業後は就職せずに、アルバイトを転々としていた。僕はそういう生き方を、友人代表といった心持ちで肯定してきたし、誰にも侵されない聖域みたいな自分の支えにしていた。友人もそれを恥じることはなかったし、知り合いの女の子の誕生日にはハンドクリームなんかを贈っている姿を見ていたから経済的にも問題ないのだろう。

 ただ、おおかたのそういう成人男性がそうであるように、友人はかなり甘い算段をたてていた。資産運用、株、起業、どこを切り口にしても、安っぽさと無知が、テレビバラエティのテロップのように大きく派手なフォントで言葉を彩っている。

 

中断

宝石のように

 改札を出ると遠くから騒音のような音楽のような、確かに音で持って人々が集まっているような音が聞こえた。次の路線への乗り換えのため人の流れに従って歩くと、二人のストリートミュージシャンがいた。二人は同じくらいの背丈の若い女性でギターを抱えて立っていた。

 歌を認識し始めた時にはその曲は終盤で、二度ほどサビを繰り返して終わった。集まっている人数にしては小さな拍手が聞こえた。

 次の曲を聴くために僕は足を止めた。まるで見えている人と見えてない人がいるように、はっきりと人の波は裂けていた。

 僕は過去にもここで何度かストリートミュージシャンの歌を聞いたことがある。しかしそれらの何度かは、ほとんど記憶にも残らない、関心を寄せたという事実の記憶だけが残っているものだった。歌詞も覚えていなければ、メロディも覚えていない。察するにすべてオリジナルの曲だったのだろう。何かのカバーであればなんとなくの手触りの記憶があるはずだ。

ただ、僕にはそれらを聞きながらメモを取る癖があった。歌詞を丸々メモすることや、気に入った単語だけ記入するなど日によって使い方は違った。しかし、家に帰ってから見返すメモ帳は、いつもとても退屈で決まり切った愛の言葉しか見受けられず、必ず破棄していた。

 今日、立ち止まったその曲を聴くまでは、路上で聴くすべての音楽はそういうものだと思っていた。

 その曲が始まった立ち所に、僕には腰が砕けるような衝撃があった。原始と永久を感じさせるリズムの反復に、気づけばそこで見ていた十数人は踊らされていた。近づいた時に彼女たちが演奏していたギターとは、アジア人と黒人のランナーの差を思わせるほどの変化があった。ほどなくして、歌が始まった。無口な少年を思わせるような単語の配置だった。カッティングギターに合わせて、文章になる手前で砕けたような言葉が置かれたが、不思議と歌詞として簡単なラブソングを聴くように理解ができた。僕はジャケットの内ポケットからメモを取り出し、踊りながら素早く、無心で、メモを取った。

 気の高揚が収まらないうちに演奏は終わり、あっさりと二人のミュージシャンは街の中へと消えていってしまった。観客の中には興奮を抑えられず、声を張り上げ演奏の続行を望むものもいたが、僕は違った感覚を持っていた。はやくメモを読みたい、その気持ちでいっぱいだった。そして、それは家について一人で読まなければいけない、同時にそうと確信していた。

 家路を急ぎ、小走りで入った自宅で靴も脱がずに僕はメモ帳を開いた。そこにはその時の興奮を全く感じさせない冷静な文字でこう書かれていた。

 「表現することの才能というのは、経験していることの総量でしか計りえないはずで、見たという体験とそれの感動がなければ何も生まれてこない。何かをその時々で新しく発見し感じることの多さが才能と呼ばれるものである。彦摩呂は何か美味しいものを食べた時に、味の宝石箱だ、というが、それは彼がどこかで、本物の宝石箱を目にし本物の感動を得たことがあったから出た言葉で、その経験が生きて伝わる。」

 僕はこんなメモを取った記憶がなかった。しかし間違いなく自分の文字であるし、他に何か歌詞に覚えがあるかと言われればなにも浮かばなかった。確かに歌詞だけで完結ができているならば音楽である意味がないと自分に言い聞かせた。

 不思議な気持ちに駆られていると、腹が減ってしまい、乗り換えの駅で簡単に夕食を済まそうと思っていたことを思い出した。最寄駅のそばにあるピザ屋に電話し、単純なピザを上から順に二つ頼んだ。そのピザ屋は平日の夜はいつも混んでいなく、着替えを済ませたすぐ、期待通りに二十分ほどでインターホンが鳴った。

 ドアを開くと初老の男性が、不似合いな赤々としたキャップをかぶり、二段大きな箱を抱えて立っていた。いつもと同じちょうどの代金を支払うと、その不気味な男性は小さな声でありがとうございましたと言い、にっと笑った。彼の顔は、目元はしわくちゃで、鼻は赤らんでいて、口は並んだ歯が銀歯だらけだった。僕は宝石箱みたいだな、と思った。